子供たちよ
火曜日, 1 月 31st, 2012子供たちよ私たち大人は君たちに次の物を残すことにする。
汚れた空気、汚れた水、汚れた大地。
冷たい武器、冷たい他国との関係、冷やかな外国からの目。
明るい未来を約束などはできないが、これを君たちに贈ろう。
子供たちよ私たち大人は君たちに次の物を残すことにする。
汚れた空気、汚れた水、汚れた大地。
冷たい武器、冷たい他国との関係、冷やかな外国からの目。
明るい未来を約束などはできないが、これを君たちに贈ろう。
なぜ人を殺してはいけないのですか?
ある中学生がこのようにききました。
大人の答えは、だめなものはだめなんだ。そのような考えは間違っている君はおかしい。
これがその大人の答えです。
実はその中学生は、戦争で人を沢山殺している人が英雄になっているのに、なぜ人を殺してはいけないのかと聞いていたのです。
子供は言葉が足りません。
そうした足りない言葉を引き出してやるのが大人の仕事であり責任なのです。
それをせず、否定して終わりとは、大人ではないですね。
子供たちが、自分がどうにもならないことを大人のせいにするという論調があります。
「大人は何もわかってはくれない」「大人のせいで自分たちはこうなった」
はっきりいいますが、こんなことを言っている子供はいません。
私達が子供の頃、こんなことを言っていましたか?
そう思っているんだろ?と大人が言っているだけなのです。
子供の幸せとは何でしょうか?
子供には子供の時にしかできないことが多くあります。
大人になってからはできないことが山ほどあるのです。
毎日友達と走り回ったり、秘密基地を作ったりなんて大人になったらできませんよね?
そんな時間を子供に与えてやることも大人の責任なんでしょう。
好き嫌いがある子にあの手この手を使って食べさせようとしている親がいます。
私は根本的に間違っているのではないかと思います。
食べ物を粗末にしてはいけない、もったいないという事を教えるのが先なのです。
なぜ好き嫌いがいけないことなのか、どうして残すことがもったいないのかを教えないで、食べやすいように調理する方にばかり気を使うのでしょうか?
バスに乗っているときに子供連れの親子がいました。
子供ははしゃいで窓から手を出していたのです。
その子のお母さんは、「やめなさい、運転手さんに怒られるよ。」とたしなめていました。
その話を聞いていた運転手さんはその子に
「そんな事じゃ怒らないよ。でも手を出していて何かにあたって怪我をしたら痛いからやめようね。」
と言っていました。
叱り方というものを知らないと子供は怒られるからやらないという間違った認識をするのです。
私の父は教員でした。
私は父に、何故勉強をしないといけないのかを聞きました。
数学なんて社会に出てから何も約に立たないじゃないかと。
そうすると父は、生徒には立場上言ってはいけないことだと前置きをして話し始めました。
数学というのは左脳を鍛えるためにある。
左脳とは物事を道筋を建てて理解するために必要な脳の働きがあって、それを鍛えていないと思いつきで何でもしてしまう人間になりかねない。
良い点数を取ることが目的ではなく、それをすることが一番大切なんだ。